介護離職のコストを試算する|1人辞めるといくら失われるか
監修 東急ウェルネス株式会社 介護離職防止サポート 責任者 A.T.
介護離職対策の稟議が通らない理由の多くは、コストが数字で示されていないことにあります。経済産業省の試算によれば、仕事と介護の両立困難による経済損失は2030年時点で約9兆1,792億円。企業単位では、従業員3,000名の製造業で1社あたり年間約6億2,415万円、従業員100名の製造業でも約773万円にのぼります※1。本記事では損失の内訳を分解し、同じ計算式で自社の損失額を試算する方法までご説明します。
2030年の経済損失は約9兆1,792億円
経済産業省は2024年3月に「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」を公表し、仕事と介護の両立困難がもたらす経済損失を試算しました※1。
その前提となるのがビジネスケアラー——働きながら家族等の介護に従事する人——の増加です。同ガイドラインによれば、2030年には家族を介護する833万人のうち、約4割にあたる約318万人がビジネスケアラーになると予測されています。労働力人口でみると21人に1人という規模です。
注目すべきは介護離職者数との比較です。同じ推計で、2030年の介護離職者数は11万人とされています。一方でビジネスケアラーは318万人。つまり離職者1人の背後に、辞めずに働き続けている介護者が約29人いる計算になります。介護離職対策を「辞めそうな人を引き止める施策」と捉えると、この29人が視野から外れます。
損失の8割は「辞めていない人」から生じている
経済損失9兆1,792億円の内訳を見ると、この構造がはっきりします※1。
| 損失の種類 | 金額 | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| 両立困難による労働生産性損失 | 7兆9,163億円 | 約86% |
| 介護離職による労働損失 | 1兆178億円 | 約11% |
| 介護離職による育成費用損失 | 1,289億円 | 約1% |
| 介護離職による代替人員採用コスト | 1,162億円 | 約1% |
| 合計 | 9兆1,792億円 | 100% |
離職に至っていないビジネスケアラーの生産性低下が、全体の約8割を占めます。この生産性の低下率は、経済産業省の委託調査(介護をしながら働いている方へのWEBアンケート、n=2,100)に基づき約27.5%と算出されています※1。
ここが施策を考えるうえで大切なポイントです。「介護離職者が出ていないから問題ない」という判断は、損失の8割を見落としていることになります。実際には、介護を抱えたまま働き続けている従業員が、本人も周囲も気づかないうちに生産性を落としている状態が、金額としては最も大きいのです。
だからこそ、対策は離職の兆候が出てから動くのではなく、介護をしている従業員全体の負担を下げる方向に向ける必要があります。
1社あたりいくら失われるか
同ガイドラインは、企業規模別の年間損失額も試算しています※1。
| 中小企業(製造業・100名) | 大企業(製造業・3,000名) | |
|---|---|---|
| 労働生産性損失額 | 686万円 | 5億5,407万円 |
| 介護離職発生による損失額 | 87万円 | 7,008万円 |
| 1社あたり年間合計 | 773万円 | 6億2,415万円 |
| 従業員一人当たり | 7.73万円 | 20.8万円 |
従業員100名の企業でも、影響額は年間773万円にのぼると試算されています。こうした数字を見ると、「対策にコストがかかる」のではなく、対策が十分でないことによるコストがすでに発生しているとも考えられます。だからこそ、仕事と介護の両立を支える取り組みが重要になるのです。
自社の損失額を試算する
上記の試算に使われた計算式は公開されているため、自社の数値を当てはめて試算できます。稟議書に載せる数字として最も説得力があるのは、全国統計ではなく自社の試算値です。
計算式
両立困難による労働生産性損失額
一人当たり労働生産性 × 自社のビジネスケアラー人数 × 27.5%
経済産業省の試算では、大企業(製造業)の一人当たり労働生産性を1,460万円、中小企業(製造業)を542万円として計算しています※1。自社の数値がわかる場合はそちらを使ってください。
介護離職発生による損失額
一人当たり労働生産性 × 自社の介護離職者数
過去3年程度の退職理由を遡って確認します。「家族の事情」「一身上の都合」として処理されている中に、介護が理由のケースが含まれていることが少なくありません。
合計=A+B
これが自社の年間損失額の目安になります。従業員数で割れば「一人当たりいくら」という形にもできます。
ビジネスケアラー人数の求め方
試算の精度を左右するのが、この人数です。方法は2つあります。
方法1(推奨)
従業員アンケートで実数を把握する
匿名アンケートで「現在介護をしている」人数を直接聞きます。自社の実数なので、経営層への説得力が桁違いです。設問の作り方は隠れ介護を可視化するアンケートの記事で解説しています。
方法2(簡易)
発生率から推計する
経済産業省の試算では、2030年時点のビジネスケアラー発生率を4.6%(生産年齢人口6,875万人に対し318万人)としています※1。従業員数にこの率を掛ければ概算が出ます。ただし年齢構成によって実態は大きくぶれます。
こうした試算は、あくまでも現状を把握するための目安として活用することが大切です。実際の影響額は企業によって異なるため、稟議書などで活用する際は、「経済産業省の試算方法に自社の数値を当てはめた参考値」であることを明記しておくとよいでしょう。あわせて、労働生産性やビジネスケアラー数、生産性低下率などの前提条件も示しておくことで、社内の理解を得やすくなります。数字そのものだけでなく、その背景にある前提を共有することが、納得感のある議論につながります。
試算に含まれていないコスト
上記の計算式は労働生産性を軸にしたものです。実務上は、これに加えて次のコストが発生します。稟議の場では定性的な補足として添えると効果があります。
- 採用・教育コスト 中途採用の費用、入社後に戦力化するまでの期間の人件費。介護離職が集中する40〜50代は経験年数が長く、代替要員の確保が特に困難です
- 技術・ノウハウの流出 属人化した業務の引き継ぎが間に合わないまま退職に至るケース
- 周囲の従業員への負荷 欠員を埋めるための残業増加。これが連鎖的な離職につながることもあります
- 管理職層の喪失による組織的影響 後継者計画の見直しが必要になる場合があります
- 採用市場での評判 両立支援の状況は、求職者が企業を選ぶ際の判断材料になりつつあります
そのまま使える稟議・説明の文例
試算結果を経営層に説明する際の文例です。自社の数値を当てはめてお使いください。
仕事と介護の両立が難しくなることによる経済的な影響について、経済産業省は2030年時点で約9兆1,792億円と試算しています。特に注目したいのは、その約8割が、離職ではなく仕事と介護の両立による生産性への影響によるものとされている点です。
同省の試算方法を当社に当てはめると、年間の影響額は約◯◯万円と見込まれます。従業員一人当たりでは約◯万円に相当します。内訳としては、介護をしながら働く従業員◯名の生産性への影響が◯◯万円、介護を理由とした退職による影響が◯◯万円です。
なお、この試算には採用や育成にかかるコスト、周囲の従業員への業務負担などは含まれていません。そのため、実際の影響はさらに大きくなる可能性があります。
一方で、管理職研修や従業員向けセミナー、相談窓口の整備など、仕事と介護の両立を支える取り組みにかかる費用は年間約◯◯万円を想定しています。従業員が安心して働き続けられる環境づくりは、人材の定着や組織の安定にもつながることが期待されます。
また、2025年4月の法改正により、従業員への情報提供や雇用環境の整備は事業主に求められる取り組みとなっています。こうした背景も踏まえ、早めの対応を進めることをご提案いたします。
介護支援の必要性を伝えるポイントは3つです。仕事と介護の両立による影響が離職だけではないこと、自社の試算値を示すこと、そして対策コストとあわせて説明することです。これらを整理して伝えることで、議論は「やるかどうか」から「何から始めるか」へと前向きに進みやすくなります。
具体的な打ち手の全体像は介護離職を防ぐにはで整理しています。
よくあるご質問
介護離職による企業の損失はどのくらいの規模ですか?
経済産業省の試算では、仕事と介護の両立困難による経済損失は2030年時点で約9兆1,792億円と見込まれています。企業単位でみると、製造業・従業員3,000名の大企業で1社あたり年間約6億2,415万円、製造業・従業員100名の中小企業で1社あたり年間約773万円と試算されています。従業員一人当たりに換算すると、大企業で20.8万円、中小企業で7.73万円です。
損失の大半は介護離職によるものですか?
いいえ。経済産業省の試算では、2030年の経済損失9兆1,792億円のうち、約8割にあたる7兆9,163億円は、離職には至っていないビジネスケアラーの労働生産性損失です。介護離職による損失は労働損失1兆178億円、育成費用損失1,289億円、代替人員採用コスト1,162億円の合計で、全体の約2割にとどまります。辞めていない従業員の生産性低下のほうが、金額としては大きいということです。
自社の損失額はどう試算すればよいですか?
経済産業省が用いた計算式を自社の数値に置き換えます。労働生産性損失額は「一人当たり労働生産性 × 自社のビジネスケアラー人数 × 生産性の低下率27.5%」、介護離職による損失額は「一人当たり労働生産性 × 介護離職者数」で算出できます。ビジネスケアラー人数は従業員アンケートで把握するのが最も正確です。
出典
- ※1 経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」(2024年3月26日公表)図表7・図表8・図表9。労働生産性の値は経済産業省「企業活動基本調査」もしくは財務省「法人企業統計調査年報」による。生産性の低下率27.5%は経済産業省委託調査(日本総合研究所)「介護をしながら働いている方に向けたWEBアンケート調査」(n=2,100)に基づく
- 総務省統計局「令和4年就業構造基本調査」
※本記事は2026年8月時点の情報に基づいて作成しています。掲載した金額は一定の前提を置いた推計値であり、実測値ではありません。自社での試算にあたっては、前提条件とあわせてご確認ください。
試算の前に、実態の把握から
介護離職防止サポート
試算の精度を決めるのは「自社に介護をしている従業員が何人いるか」です。東急ウェルネスでは、実態把握のためのアンケート設計から、結果を踏まえた研修・セミナー・相談窓口の設計までを一貫してご支援しています。経営層への説明資料づくりからご相談いただけます。